整体サロン・GLITTER〜独立開業から現在まで
自動車販売会社を退職した後は、いろんなアルバイトやお仕事をしながら1999年10月から専門学校へ通い始めました。正直、アルバイトと学業の両立は厳しく途中留年の危機を迎えながらも昼間は学校、夜はアルバイト、深夜まで勉強という日々を過ごし、ようやく整体師及び柔道整復師の資格を取得しました。
その後は福岡市・諫早市・長崎市のスポーツクラブや整骨院勤務を経て、2014年4月に長崎市内に「たかひら整骨院」を開業。なんだかんだで、独立開業までは15年かかりました…。
修行時代の濃密な時間。
専門学校卒業後は、在学中から参加していた勉強会で知り合った先生が営む整骨院で働かせてもらえる事になりました。
その先生とは、今でも私の師匠としてお付き合いをさせていただいています。そちらの整骨院での勤務期間は本当に私の施術家としての原点であり、色々な経験をさせてもらった濃密で貴重な日々でした。師匠からは患者様と向き合う際の心構え、日々の勉強の大切さ、技術への探究心、施術家として必要なものを叩き込まれたように思います。師匠との出会いがなければ今の私はなかったかもしれません。
ただ、その時期は家庭の事情もあり師匠の整骨院を2年ほどで退職。しばらく現場を離れる事になりましたが、これまたご縁があり長崎市内のスポーツジム内に併設してあった整骨院でお仕事させていただける事になりました。そちらでは約5年ほど実務経験を積みました。師匠から教えてもらった基礎・心構えなどが、自分の土台として染み付いたのはこの時期だったかと思います。
ただ5年ほど仕事をしていると、毎日の仕事が同じことの繰り返しのような感覚になり成長速度が鈍っている、いや停滞してしまっているような気持ちになり、新しい環境に飛び込まないと自分はこのまま終わるのではという危機感に見舞われ、そちらを退職。新たな環境に飛び込む事になりました。
開業前3年間の時代(開業を決意するまで)
独立開業前の3年間は良くも悪くもかなり濃密な時間を過ごしました。
移籍先の整骨院は1日に来院される患者数が平均で200人を超えるような忙しいところでした。
私が勤務している時期には300人を超える日があるくらいでした。ですので、あらゆる症例を見ることができましたし、その施術の経験をさせていただきました。そのような場所で勤務していると、患者さんの状態を把握するための診断力がかなり鍛えられました。そこでかなり自信を深めることができましたし、施術に対する経験値はかなり積ませてもらったなと思います。その点ではすごく良かったと思います。
ただ・・・。
いわゆる「ブラック」な環境でした。
朝は午前7時前に出勤。朝9時の受付開始時間に合わせて院内の清掃や物理療法で使用する機械のメンテナンス。ミーティングを経て途中昼休みを挟みますが20時までみっちりお仕事。1日平均30〜40人の施術を担当していました。受付終了後は院内の片付け・清掃・タオルなどの洗濯・カルテ管理、それが終わってようやく帰宅するのは毎日22時前後。クタクタでした。おまけにお休みは日曜日と祝日のみ。お盆とお正月、ゴールデンウィークもお休みはありましたが、日曜日などには外部研修や勉強会・セミナーがあったりしましたので、どうかしたら1ヶ月まるまるお休みがないということもありました。
そして、あまり大きな声では言えないような上司の言動や押さえつけもあり、当時はカラダもココロも切れてしまう寸前でした。それが切れてしまわないように毎日繋ぎ止めるのに必死だったように思います。
このままでは身体を壊してしまうと思い始めた矢先に、上司と従業員の信頼関係が崩れてしまう出来事も起こってしまい、それまで繋ぎ止めていた糸のようなものがプツンと音を立てて切れてしまい退職を決意。独立開業を目指し開業に向けた準備をすることになりました。
そして独立開業。しかし・・・。
ようやくブラック環境から逃げるように退職してからは、猛スピードで独立開業に向けた準備を行いました。
退職して開業するまで4ヶ月。
物件探しから始まり、院内レイアウトを考え施工業者と打ち合わせ、工事日程の調整に院内設備・備品の購入、受付スタッフの採用活動、市役所・保健所への届出などあっという間でした。
そして2014年4月11日。
念願だった独立開業の日を迎えることができました。
ただ、その後の道のりも順調だったわけではありません。
開業して1年が経過した頃、開業を一緒に手伝ってくれていた柔道整復師の先生から退職したいとの申し出が…。開業前の話では3年ほど当院で一緒に頑張ってくれるという口約束(今思えば、雇用契約書を書面で残しておくべきだったと後悔しています)はしていましたが、明確な契約があったわけではありませんでしたし、私と同じように独立開業の夢を持っておりましたのでそれを止める権利は私にはありませんでした。
また、時期を同じくして受付スタッフとしてお手伝いしてもらっていた女性スタッフの妊娠・退職。体調不良が続いた事による退職が重なり、それまでの危機管理もおこなっていなかったため事業の縮小を断行。
そして、あまりにも独立開業を急ぎすぎたために、自分の院のコンセプトや経営方針がスカスカだった事に気づき大きく経営方針の舵を切る決意をする事になります。
保険診療メインの施術形態から自費治療メインの整体院へ
独立開業した当初の当院は「ザ・整骨院」と言える営業形態でした。
いわゆる健康保険制度を利用した施術です。ただ、それまで取り巻いていた業界の風潮が一気に変わり始めたのがこの時期でもありました。このままでは、整骨院業界は一気に淘汰されるという個人的な危機感を覚え、健康保険に頼る経営方針からの脱却を進める事にしました。
そんなことを考えながら、何もかも変えるには一からやり直すしかないと決意。1度目の移転リニューアルをおこなう事になりました。
そして、開業して4年後の2018年9月。整骨院から整体院への業態変更を目指し長崎市樺島町へ移転リニューアル。さらに2020年8月に内装を一部リニューアルし現在の体制の基盤づくりが完了しました。
順調に見えた道のりも、とんでもない大波に飲み込まれることに…。
そして、2020年10月に現在の「整体サロン・GLITTER」を併設、自費治療メインの整体院としてリニューアルし、いよいよこれからがリスタートだ!と意気込んでいました。
しかし・・・。
再び試練は急に、しかもとんでもない規模で訪れる事になります。
全世界を巻き込んだコロナ禍の始まりです。
先の見えないパンデミックな世の中に、不安は募るばかり。正直、この先のことなんて考えれば考えるほど分からなくなった時期でした。それでも来店してくださる方も多く、必死に毎日を乗り切ったという日々でした。
平穏・平凡に過ごすことがどこか退屈で、何かしら新しいことチャレンジを繰り返す性分です。2014年に開業してからも、小さなモデルチェンジや方向転換を何度も繰り返しています。自分がこれだと思った事は、どうしてもチャレンジしたくなるのです。マンネリということが、とにかく嫌いなのかもしれません。
恐らくこの癖は今後も続いていくことでしょう…。
GLITTERの今後は?
正直わかりません(笑)
整体という、このお仕事は大好きなので今後も続けていくでしょう。
ですが、その時々でいろんなチャレンジをし、形を変えていくことになると思います。今現在、このサロンを運営している場所(長崎市元船町)にもいつまでいるかわかりません。もっといい場所があれば、またそちらに移転したりもするでしょう。
将来的には目の前に海が広がる海辺の一軒家で、浜風と波の音を浴びながらのんびりと整体をするのが理想です(笑)そんな物件があれば、そちらに移転するかもしれません。なかなか見つかりそうにもありませんが・・・。
とにかく来ていただく皆さまに、いろんな楽しみを持っていただけるように、今後も走り続けるつもりです。
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